ハジメ

5月の頭くらいにハジメという男にあった。バイトを終えて店をしめた私は一杯飲みにいき、まぁ一杯っていうか2〜3杯飲んでバーを出るとそこのベンチに角刈りの太った男。「日本人ですか?」と聞かれてそうだと答えるとバスのチケットの有効期限について聞いてきたので教えてあげた。
「そうですか、じゃあこれはもう使えないんですね・・・・そうですか・・・・・・・・」
しーん。汗だくで頭をかく彼はすごく挙動不審で、風貌も言動も“裸の大将”みたいで、だいじょうぶこいつ?という感じだったのでなんか困ったことでもあったのか聞いてみると機関銃のように話し出した。
「本当にどうしたらいいか困っちゃったんですよ、ひゃっひゃっひゃっ。知り合いもいないし」
ストーリーはこうだ。日本でバイト代を30万円必死で貯め、やっとゴールデンウィークに念願の旅行に来た。メキシコのあとカリフォルニアに入りサンフランシスコに来たところでお金が底をついたので予定をくりあげて日本に帰国しようと空港に行き、変更してくれるように頼んでみたがだめだったと。帰りの日まで1週間、残り6ドルで過ごさねばならないらしい。クレジットカードも持ってない。
「ぼく10年前にもアメリカに来たんですよ、その時はフィックスのチケットでも変更できたんですよね。でも今はだめみたいで。で、僕、困っちゃって。何人か日本人の人にお金を貸してくれないか頼んだんですけどね、うひゃひゃひゃ。やっぱみんな貸してくれないっすね、そりゃそうですよね。仕事とかできればいいんですけど、ほら、ビザとかないから」
いや、確かにバカなやつだ。自業自得だ。しかし私は彼をそこに置いて去ることができなかった。同じ旅好き、同じ日本人、そしてなにより彼の憎めないキャラクターっていうか、悪いやつじゃ絶対ないって感じたし、私は自分の人を見る目に自信があるのだ。
ちょうどその日4月分のお給料を現金にしたところだった。しかし私とて超貧乏。しばらく会話しつつ悩んだが結局お財布から20ドル札を5枚ぬいて彼にわたした。私の貧乏っぷりを説明し、でもほっとくことはできないからさ、だから日本に帰ったら返してねと言い、充血して真っ赤な目をしたハジメとゆびきりをした。そして100ドルじゃ1週間もどっかに泊まったりできないので、部屋が余っている友達のところに電話をし、事情を話してハジメを泊めてやってくれないか頼むと友達は、
「ナオミが信じる奴なら僕も信じるよ。おいでー」
あーホント、人っていいよねぇ。さすがにハジメをぽんと預けるわけにもいかないので私もその友達の家に少しの間泊まることに。それからはもう、ハジメの壮絶な身の上話を聞いたり、ご飯をいっしょに作ったり、体の大きいハジメがラーメンを一度に3袋も作って食べるのにウケたり、何の爆音かと思ったらいびきだったり、なかなか楽しませてもらった。そして帰国の日。
「ナオミさん、僕絶対返しますから。待っててください。本当にありがとうございました。うひゃひゃひゃ」
私は実は、もういいやという気になっていた。まじ返してねーと肩をたたいて念を押したが、返らなかったからといって警察に電話とかするようなことじゃないし、少なくともハジメのことを助けれたし、私もなかなかいい人じゃんって気分になれたし、おもろいやつだから楽しかったし。
 
 

今日、そのハジメから封筒が届いた。100ドル札と手紙が入っていた。手紙には感謝のことばと、またお金を貯めて行くからその時に会いましょうと書かれていた。嬉しすぎてどうしようかと思った。実はあれから毎日ポストを覗いてたのだ。差出人住所の欄には東京と書いてある。あいつ上京したか。そうかそうか。東京に引っ越したばっかりならお金ないだろうにさ、ホントいいやつだよなー。